おおローマよ、わが愛する国、わが魂の都よ!
死滅した多くの帝国のさびしき母よ
心のみなし児たちはあなたのもとへ帰り
晴れやらぬ胸に、あわれな嘆きをおさめる。
われらの悲哀、われらの苦悩は、何ものであろうか
きても見よ、糸杉を、―梟の声をきき、辿ってゆけよ
崩れ果てた王座、神殿の階を
われらの苦悩はただ1日の災禍でしかない―
脚下に、われらの現身のごとくはかなく、世界が倒れ横たわる。
滅びた国々の悲母ナイオビよ
いまは1人の子もなく、王冠もなく、声も絶えて嘆きたたずみ
皺深い双手に抱くのは虚ろな骨甕、
そのとうとい灰も散りうせて久しくなった
シピオ家累代の墓所にもいまは埋骨はない
あまたの墳墓に、その昔の
英雄が眠っていることもない。
なつかしいタイバー川よ、大理石の廃墟の中を流れるものよ
その黄濁の波をあげて、悲母の嘆きをつつめよ。
七丘の帝都の誇りを打ち砕いたのは
ゴート人、基督教徒、「時」、戦い、洪水、火災。
1つまた1つ星の消えゆくごとく薄れゆき
むかし、戦争がカピトルの丘によじたところには
夷狄の王たちがその峻しい坂に馬を進めた。
みるかぎり、神殿も塔もたおれて跡形もない。
混沌たる廃墟よ、その空虚の中を探ねて
さだかに見えぬ断片に微かな光をあてて、だれが
層々たる暗黒中に、「かってここに、いまもここに」と告げるか。
われらを、幾世紀の夜の重なりと
その夜の娘たる無知とがひしひしとつつみ
おぼつかなくともたどってゆけば、ただ道をうしなう。
太陽には海図、天空には星図があり
「知識」はその豊かな膝にそれらを拡げる。
しかしローマのみは砂漠さながらに
思い出をたどって進みゆけばただつまづく
時に手を打って叫ぶ「いまし明かに見出でた」と
ああ、それは廃墟の蜃気楼が浮かび出たのだ。
ああ崇高なる都よ、ああ!
三百にあまる凱旋よブルータスの短剣が覇者の険に打ち勝って
さらに大いなる栄誉を得た日よ
ああ、シセロの雄弁、ヴァージルの詩歌、または
絵のごとくうるわしいリビイの文章よ
ローマの面影はただかかるものにだけよみがえるが
ほかはすべて滅び去ったのだ。
ああ悲しい大地よ、ローマが自由だった日
その瞳にやどった輝きをまた見ることはないであろう。


ヴェニス
私はいまヴェニスの「嘆きの橋」に立つ
かたえには宮殿、かたえには牢獄
魔術師のふる杖にこたえるかに
浪間からから、その楼閣は眼のまえに浮かびあがる。
千年、―そのおぼげなる翼は私のまわりにひろがり
滅びゆく栄光は、はるかな昔に微笑みかえす
その昔、属領はみなその翼ある大理石のし獅子像にひれ伏し
ヴェニスは荘厳にも百の島の玉座に座した。
いま海から生まれ出でたばかりの母神
空のかなたに誇らかな尖塔の冠をいただき
そびえたち、壮大の力をもって
海のくまぐまとその権勢とを握るもの
これこそ、そのかみヴェニスの面影
国々の劫掠と、無尽の東方との富は、燦く宝玉の雨となり
この母親の膝に集まり、その娘らの身を飾り
王者の紫衣につつまれるとき、もろもろの帝王も
その饗宴に寄りつどってその威厳を加えた。
ヴェニスにタッソーの歌の響きはとだえて
歌もなく、ゴンドラの舟夫は黙して漕ぎ
その殿堂は、水辺に崩れてゆく
いまは、耳にひびく音楽もまれとなり
かのよき日は去ったが、―美の面影はなおただよい
国々は滅び、芸術派消えたが―自然は滅びぬ
思い出すのは、そのかみのヴェニスの懐かしさ。
祝祭に満ちあふれた、歓びの宮
地上の楽園、イタリアの仮面。